昨年春に、東京と大阪でブラジルのクラブチーム「クルゼイロ」のサッカーキャンプが開催され、参加した子ども達の中からMVPの選手と優秀選手と合わせて10名がブラジル遠征に参加した。「クルゼイロ育成施設」では、現地の選手と合同練習を行い、トレーニングマッチに参加、さらに様々なイベントにもに参加してブラジルサッカー肌で体験してきた。子ども達に同行したクルゼイロサッカーキャンプ事務局の小林弘典さんが、日本とブラジルの違い、子ども達の現地での体験などを紹介します。
ブラジル遠征に参加したのは、『クルゼイロサッカーキャンプ』のMVPと優秀選手の10名です。
「俺はリフティングが3000回出来る」
「俺は2000回」
「毎日ボールタッチとリフティング、ラダーをやってる。技術には自信ある」
参加した子ども達は、所属するチームでは主軸選手であり、同世代の相手には負けていない!とのプライドを有している選手たちです。
日本を発ち、ブラジルまで30数時間。期待に胸を膨らませ、一切の不安を感じない子供たちは、海外に渡航するのが初めての子供も当然いますが、「自分はブラジルでも通用する」といった堂々した感じが機内でも見受けられます。もう20年以上前の話になりますが、私が15歳の時にブラジルに渡った時に味わった緊張や不安は、現代の子供は感じないようで、彼らの姿を頼もしく見守っていました。
今回訪問したクルゼイロの育成施設「toca1」は、日本の子ども達のために綿密な準備をして迎えてくれます。滞在期間に合わせたトレーニングのプログラムを組み、基礎的なものから、発展的なトレーニングまで段階を追った内容になっています。
また、ミナスジェライス州にある100以上クルゼイロのサッカースクールから、同年代のブラジル人選手を毎日呼び寄せて、実際にブラジルでプレーしている子ども達と練習を行うことが出来ました。さらに、クルゼイロ本体のU-13の選手も4~5人参加しました。
U-13の選手は、何千人もの中から選ばれた精鋭で、数年後にはもしかしたら世代別のブラジル代表に選ばれる程の実力を有する選手たちです。実際にクルゼイロからは、U-15ブラジル代表に4人の選手を送り出しています。その彼らと一緒の時間を過ごせた経験は、日本のサッカー少年にとっては計り知れないほど大きな経験だったのではないでしょうか。
クルゼイロの選手たちは、特に難しいプレーや、派手なプレー、特別な技術を見せびらかせることは全くありません。足元でボールをこねくり回したり、ビックリするようなフェイントやボールタッチは皆無です。当たり前のプレーを当たり前に繰り返す。ボールを止める、蹴る、運ぶ、一つ一つの実行する精度が常に高く、それでいて、相手に寄せられたとしても平然とボールを運び、隠し、的確にパスにつなげる。日本人選手も頑張ってボールを奪いに行こうとしますが、彼らからボールを奪うことは非常に難しいようです。クルゼイロの選手のプレーを目の当たりにすると、我々はもう一度「技術」というものが何なのかを考える必要があると思います。
現地の同年代のクラブチームとのトレーニングマッチも行いました。対戦相手は我々とを比べると、明らかに日本の子ども対のほうが実力は上。相手にはスローインのルールすら怪しい、経験の浅い選手も混じっているほどでしたが、日本の子どもたちは、なかなか良いプレーを出せません。普段、彼らが日本で戦っている相手よりも、実力は低いに違いないにもかかわらず。試合には勝つことが出来ましたが、誰もが消化不良の初戦でした。
「失敗しないようにしよう」
「誰かが何かをしてくれる」
そのような弱気で受け身な姿勢を試合中の日本の子ども達に感じ取り、毎晩行っている夜の面談で一人一人と話し合い精神面を激励しました。
「もっと出来るはずだ」
「ただ待っているだけでは、ただ時間だけが過ぎていく」
選手に問いかけました。もっと良い面を持っているのに、自分から出そうとしない。失敗してもいいからチャレンジしてほしい気持ちを伝えました。
最終日は、ほぼ同レベルの相手との試合を行いました。相手メンバーの中にクルゼイロのU-13の選手2人も参加。彼らのすごさは、トレーニングを通じて子供たちは分かっています。
「もしかすると、戦う前から気後れをしてしまうのでは?」という心配もありましたが、これは我々の杞憂に終わり、子供たちは10日間の活動で強くたくましく、自ら積極的に戦う選手になっていました。ゴールに向かい、球際で戦い、体を張る。相手がいる中でいかに戦うのか?この姿勢があるからこそ、元々持っていた技術が生きてくる。そのことに子供たち自信も気が付き、ブラジル人選手だろうが、クルゼイロの選手だろうが、堂々と真っ向から立ち向かって行く変貌ぶりに、クルゼイロのコーチたちも驚くほどでした。
クルゼイロのコーチ達の武器の一つは、「選手を見る目」と言えるでしょう。彼らは、日本人の選手達を日々評価し続けていました。その評価基準が我々の感覚とは違った観点を持っています。
例えば、選手のポジションについてです。
「彼らは、日本でどのポジションでプレーしているんだ?」
試合の前日に、クルゼイロのコーチに質問され、子供たちに確認して正確に伝えていました。
ところが、クルゼイロのコーチから試合で与えられるポジションは、普段とは違う選手が何人もいます。日本でのキャンプでMVPを獲得した選手は、トップ下で左利きで技術が高く、ゲームを組み立て試合の流れを読め、点も取る選手です。ところが試合で最も長くプレーしたポジションは左サイドバック。
理由をコーチに聞くと「左サイドバックでの姿を見たかった」とのこと。2試合目も左サイドバックでプレーさせていました。将来、大人になってからのことを考えると、彼に左サイドバックでの可能性を大きく感じたようです。
他にも、「日本でセンターバックをしている」と答えた大柄な選手は、センターフォワードのポジションを与えられています。1試合目はぎこちなくプレーしていましたが、2試合目はボールを受けシュートを打ち、得点も上げました。後から本人に聞くと、数年前までフォワードだったようで、このことは全くクルゼイロのコーチには伝えていなかったのですが、彼の資質や経歴すら見抜いた起用だったようです。
クルゼイロの考え方として、「様々なポジションを経験させて育てる。」というものがあります。若い間に、選択肢を狭めてはならない。目の前の勝利を重視して、ポジションを固定させてしまいがちですが、子供の可能性を広げ、いろんな経験を積ませることが選手の将来に選択肢を与えるのです。17歳までDFだった選手をFWに転向させ、現在も成功している選手がクルゼイロにはいます。
試合後、「一番活躍した選手!」として、一人の選手を表彰しました。得点を最も取った選手でなければ、守備で体を張っていた選手でもありません。その選手は、いいプレーもすれば、エラーも多かった選手です。特にポジショニングのミスから、失点につながることが何度もありました。それらは分かっていても、クルゼイロのコーチは表彰したのです。
理由は、「最もプレーに関わろうとしていたから」。減点方式ではなく、加点方式での評価。悪いところをあげつらうのではなく、良いところを探す。小学生の年代ということもあるでしょうが、ミスよりもチャレンジしたことを重視する。この評価基準は、分かっていても簡単には出来ないコーチも多いのではないでしょうか。
クルゼイロの育成施設「toca1」では、朝昼晩と食事が提供されます。ビュッフェ形式で各自が食べたいものを食べたいだけ取るスタイル。
朝は、欧米によくあるパンと飲み物、これにフルーツとハムが付いた軽いもの。
昼と夜は、お米、フェジョン(豆の煮込み、伝統的なブラジル料理)チキンや豚のローストや煮込み、サラダにフルーツ。アスリートに必要な全ての栄養素を(動物性・植物性たんぱく質、炭水化物、ビタミン、ミネラル等々)充分に摂取できる素晴らしい内容です。
クルゼイロの選手たちは、毎食、毎食、お皿に山盛りにして食べています。日本人の子供たちは、2~3人の子供を除いて、ブラジル料理を受け付けられない様子で、お皿に料理をちょっと乗せるだけ。後で聞くと、日本から持ち込んでいたお菓子を部屋でこっそり食べて、空腹を満たしていたということもありました。
これでは体が持ちません。厳しいようですが、子供たちに「食べることもトレーニングだ」「口に合っても合わなくても、とにかく食べよう」と毎回、子供たちの食事の量をチェック。「それでは足りないよ、おかわりしよう」「緑のものが少ないね、フルーツか野菜を追加しよう」など指示を与えて、毎回の食事が戦いのようでした。最初は口をつけることすらためらっていた子供たちも、少しずつブラジル料理になれてきたのでしょうか、最後には笑顔で食事を摂れるようになりました。これも海外遠征だからこそ体験できることだと思います。
クルゼイロは、遠く日本から来た子供たちにグラウンド外でもブラジルを体験してほしいという思いから、ショッピングモールへの買い物、ホームスタジアムであるミネイロンへのツアー、クラブスタッフの自宅でのホームパーティー、宿舎テレビゲーム大会、トップチームの練習見学に、プロ選手との交流など、イベントが目白押しです。
さらに、子供たちにブラジルの試合の激しさ、熱さを感じてもらうため「ブラジルの試合を生で観戦させてあげたい」という思いから、急遽、プロの試合の観戦に行きました。残念ながら滞在期間にクルゼイロの試合はなく、ブラジル全国選手権の2部リーグの観戦。
試合会場では、もちろんクルゼイロのエンブレムがついている物は持たない、貴重品は外で見せない、必ず団体で行動するなど、安全を確保するために厳格なルールを守らせながらの試合観戦。
日本と違い、安全は自分で守らなければならない。これも子ども達にとって、良い経験になったのかもしれません。日本では味わうことの出来ない、刺激的な時間になりました。
ブラジル・クルゼイロへの遠征では、日本では経験しえない貴重な時間を過ごしました。送り出してくれた親御さん、温かく迎えてくれたクルゼイロのスタッフの支えがあって成り立ったブラジル遠征。参加した子供たちは、本当に慣れない環境でも頑張り通し、全身で楽しみました。このブラジルでの時間は、今後のサッカー人生において必ずプラスにしてくれることでしょう。